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サウサリートの子供博物館、再び

前回、義父母が訪問してくれた7月以来2度目の訪問。
AYさん、DAくん、RIちゃんとうちの家族で。

午前中はAYさん、MIさん一家はサンフランシスコ観光ということで、午後一番でBARTの駅で待ち合わせ。今日はとっても天気がよかったので、道路はどこも渋滞。なんとか頑張って、ゴールデンゲートブリッジを渡り、子供博物館へ。

前回も自分たちはとっても気に入っていたが、今回もその期待を裏切ることなく、楽しさ満載。今回はDAくん、RIちゃんもいたので、前回は見落としていた、外にある遊戯施設やちょっと斜面を入った森の中とかを探検できた。

DAくんが「みんなで探検しよう」と掛け声を上げると、他の3人の子供たちも喜んでついていく。いやぁ、ウチの子供たちもそうやって友達と一緒に遊べるようになったと思うと、それはそれで嬉しい。

夕方にサンフランシスコ市郊外で、MIさんと合流。ママ二人はそのままお寿司屋へ。パパ二人、子供4人はそのまま我が家へ。かなりの渋滞を耐えながらなんとか到着。

近所のBJ'sにてスパゲティやピザを入手。(インターネットでオーダーして取りに行くだけ)。
子供たちに食べさせたあとは、パパ二人はビールを飲んでお話。子供たちは4人で仲良く遊んでいた。DAくん、RIちゃんは本当によくうちの子供たちの面倒を見てくれて、とても助かった。

9時過ぎにママたちが帰宅。そちらも楽しかったようで本当に良かった。毎日子供に振り回されているママたち、時々そういう時間は必要だ。

今度は12月のクリスマス前に会う約束をしてお開き。今回もとっても楽しかった。いつか彼らの住むロス郊外のディズニーランドの近くの町へ遊びに行きたい。

喜作に行く

奥様の大親友AYさんがロスから遊びに来た。今年の3月末以来。前回は旦那様と子供二人を置いて一人で来たが、今回は旦那様の出張のついでに、子供たちも連れて。

3時半到着予定の飛行機は午前中早々にキャンセル。で到着したのは5時ごろ。うちの奥様が一人で空港にお迎えに。僕と子供たちはそのまま日本食レストラン「喜作」に直行。

すぐに旦那様のMIさんも合流。MIさんとは去年のクリスマス以来。出張で来ただけあって仕事が忙しいらしいが、この日は上司に誘われてサンフランシスコ・ベイエリアをセイリング(ヨット)してきたらしい。

AYさんのお子さんDAくん7歳、RIちゃん4歳は会うたびに少しづつ大人しくなってきた感じ。とても良い意味で素直になってきた、とでもいうのだろうか。以前はこの喜作でも大暴れだった。代わりにうちの子供たちが大暴れしそうな年頃になりつつあり、ちょっと不安。

子供たちはレストラン到着直後から「食べる、食べる」「びえぇ~」を連発。すぐにオーダー。とりあえず来た枝豆をがっつく。「もっとほしい!」というので「枝豆・大盛」をオーダー。いつものかっぱ巻き、納豆巻きもペロリ。

食べ終わると走り出したので、持参したDVDを見せる。30分ぐらいはなんとかなったが、充電切れのため終了。そして宴もお開き。

まぁでもその間、大人たちは久しぶりの再会で、積もり積もった話を沢山できたので、とても楽しめた。

男塾2回目

男塾2回目。サンマテオダウンタウンのKokkoにて。

ウチの次男が少し風邪気味だったので、無理かな?と思ったが、奥様曰く、多分大丈夫、とのことで一応行くことに。9時からの予定が、僕が9時20分着。Aくんにはかなり待ってもらって悪いことをした。その後すぐにKOさんが到着。そして10時頃にTAくん到着。

KOさんのところのHRKちゃん1歳3ヶ月も風邪気味とのことで・・・あ~風邪、はやってるんだなぁ~。

Aくんが新iPhone5を入手したので、スマートフォンの話で盛り上がり、また仕事でもお互いの今後のキャリアをどうする、だとか、不動産購入についてとか、話は全然尽きなかった。

改めて、「毎月末に開催!」を確認し、11時半にお開き。楽しかった~。

新入社員

新入社員が入ってきた。ここ最近、面接を何度かした、ということを日記でも書いたけど、そのうちの一人、インド人の大学院卒。彼はリンクドインというウェブサイトで僕のプロフィールを見つけて、僕に直接メールを送ってきた奴だ。彼は無事に内定をもらい、そして入社することにした。

朝、マネージャーに「今日のランチ、予定がなければ一緒にランチをしよう」ということで、マネージャーともう一人のシニアエンジニアと僕と彼の4人で。僕を除く3人はあまり積極的に話をするような感じではないので、時々沈黙があり、ちょっとなぁ~、という感じ。まぁいいか。

一応、彼をマネージャーに紹介したので、「社員紹介制度」でボーナスがもらえるか、と思い、人事部に問い合わせたら、「彼は貴方からの紹介の前に、会社の募集システムに登録している。そういう場合はボーナスはなしです」とのことで、ボーナスをもらうことができなかった。けち・・・。

彼は一から半導体設計勉強をしていくわけだが、めげずに頑張って欲しいと思う。

幸運を逃がさない「愚痴」の言い方とは?

最近愚痴っぽいな~、と思って調べていたら下記のようなサイトを見つけた。なかなか面白いので備忘録。

http://ameblo.jp/ketui0101/entry-10818662790.html
http://ameblo.jp/ketui0101/entry-10818704757.html
http://ameblo.jp/ketui0101/entry-10823345233.html
http://ameblo.jp/ketui0101/entry-10823395716.html
http://ameblo.jp/ketui0101/entry-10823450096.html
http://ameblo.jp/ketui0101/entry-10823731892.html

要約すると・・・
誰でも愚痴を言いたくなるもの。愚痴を言うことは悪くない。でも愚痴も言い方によっては幸運を逃してしまうので、注意したほうが良い。愚痴をいう時の3つのルールとは
1)感情的になりすぎない
2)毎回同じような愚痴を言わない
3)最後は明るく終わる

感情的になりすぎると愚痴を聞く相手も嫌がるので、愚痴を言う前にノートなどに思っていることを書いて自分の愚痴を整理する。その後に愚痴を言うと、整理がついているので聞くほうも親身になって聞くことができる。

毎回同じ愚痴を言うと、聞くほうはその愚痴にうんざりする。それを防ぐためには「愚痴を言いたくなった出来事から何か学ぶ事は無いか?と考える事が大切!」。ただ愚痴を言って、共感してもらえて「あ~スッキリ♪」では結局何も学んでいないので、また同じ嫌な出来事が起こる。客観的に考えるのが大切。

体と一緒で「心にも体力作り」が必要で、「客観的に考える」事によって心の体力がついてくる。この「心の体力作り」のコツは「最初から頑張りすぎない。」「結果をすぐ求めない。」

1)感情的に愚痴を言っていたのを止める
2)嫌な出来事から客観的に「学べる事」を探す
3)嫌だと思える事も受け止めると覚悟する
4)前向きにチャレンジしてみる
5)上手くできると、もう一度「本当に学べましたか?」という最終テストがある
6)最終テストがクリアできると 同じ事が二度と起こらない
7)同じ出来事が起こっても上手く対処できるので「嫌な出来事」と思わない。
8)同じ愚痴を言う事が無くなる

愚痴を言う時にはなるべく軽い気持ちで話しそこから学ぶ事がポイント

むしろ愚痴が出てきた時は、「成長するチャンス!」と考え、学び行動していくとどんどん運気が上がっていく事が多いものです。そして愚痴を明るく言う事によって、「ポジティブな人」「しっかりしている人」「気持ちが安定している人」など辛い事があっても頑張ってる人と思われ、周りの人がついつい「応援したくなる人」になっていくのです。

チーズ・フォンデュ・パーティ

今日は、友人のAKくんNAちゃん夫妻+Lくん(1歳9ヶ月)とTAくん・TOさん夫妻をうちに呼んでチーズ・フォンデュ・パーティをした。メインのチーズ・フォンデュはTOさんが全て用意してくれて、うちは奥様が前菜のクラッカー+付け合せを作ってくれた。

チーズ・フォンデュとは・・・
スイスの郷土料理。 卓上で小鍋にチーズ、白ワインを入れとろとろにしたところに特製の串で差した一口大のバゲットをひたしてアツアツを食べる。 他にもゆでたじゃがいもやソーセージなどもOK。昔サンマテオ・ダウンタウンのカルトレインの駅前にあるレストランで食べたことがあり、それ以来のチーズ・フォンデュ。まさか自宅で食べれるとは思わなかった。好きな具を好きなだけ、マイペースで食べれるので、レストランよりリラックスできた。それにみんなで周りを気にせずワイワイとできたので、それも良かった。

9時にうちの子供たちを寝かせて、後は大人だけで飲み会。あ、Lくんは自宅以外では寝れない、とのことで10時ぐらいまで一人で遊んでいた。

10時過ぎにお開き。この仲間は僕がアメリカで知り合って、かなり長く付き合っている友人たちなので、色々な話で盛り上がり、とっても楽しかった!また是非是非集まりたい!

スペースシャトル、そしてHくんとランチ

スペースシャトル・エンデバー号、初飛行は92年と5機のスペースシャトルの中では一番最後に製造され、去年の6月に最後のフライトを終えるまでに25回の飛行を繰り返した。

そのエンデバー号が退役後に展示されるロサンゼルスカリフォルニア科学センターへの運搬のため、フロリダのケネディー宇宙センターから今週初めに飛び立ち、アメリカの各都市を最後のお披露目公開をしながら、今日の午前中、サンフランシスコベイエリアに低空飛行した。

数日前からここベイエリアでも大いに盛り上がり、NASAの研究センターのあるMoffettFieldでも無料の駐車場は一瞬にして予約終了。うちの長男が通うプレスクールでも「子供にスペースシャトルを見せたいから、遅れていきます」という親御さんが続出。うちも「どうしようかな」と思ったが、まぁうちの子供たちは飛行機を見ても感動しないし、待っている間は我慢できないだろう、ということで却下。

さて当日、いつものように9時に長男をプレスクールに連れて行く。意外にもすでに2人の子が登校。そして長男と仲の良いペイトンもお母さんと一緒に登校。「朝チェックしたら、スペースシャトルが来るのが1時間遅れるらしいから登校させた」とのこと。なるほど。

で、僕はその後会社に行き、インターネットで調べたら、「10時17分頃にシリコンバレー通過予定」というので、それまで仕事をすることに・・・。が!10時前にマネージャーに「一緒に見に行かない?」と言われたので、立体駐車場の屋上へ。そこへは日本人ランチのMIさんとKAに会う。KAさんは1時間遅れのことを知らずに9時ぐらいから待っていたらしい。お疲れ様です。また回りには50人以上の人だかりができていたが、その中には副社長(最高技術責任者)の姿も。。。あはは。

10時17分になってもまだ来ないのでダラダラとKAさんと話をしていたら、誰かが「あ、見えた!」と叫ぶ。

あ~、かなり小さい・・・・。

そしてかなりスピードが速い。

どこかで旋回してまた戻ってくるかな?と思ったら、そのまま直進してモントレーの方に消えていってしまった。わずか1分ぐらい。。。。

この1分のために30分以上待ってしまった・・・・。あ~あ。

ランチは友達のHくんが訪問。1ヵ月半ぶりのランチ。12時に到着し、またまた長話。どちらかというと仕事の話がメイン。今回も色々と勉強になる話を聞かせてもらった。

1時過ぎぐらいに日本人ランチ新人のKAさんとたまたま会ったので合流。KAさんはHくんの紹介で知り合ったので、これまた結構盛り上がった。

また次回、1ヵ月後を目標に・・・ランチしたいな~。

家系図

数ヶ月前の話だが、母方の叔父からマイクロソフトの表計算ソフトで作成された家系図が送られてきた。「ちょっと作ってみました。」という家計図はちょっとどころかかなり細かく作られていて、さらに僕の知らない表計算ソフトの機能がいっぱい使われていてびっくり。

もっとすごかったのは、僕から見たらとっても遠い親戚まで載っている、ということ。祖父、祖母の兄弟まで掲載されていた。本家の近所に住んでいてよく話しに出てくる人はコノ人かぁ~、とか興味津々。

祖父は僕が産まれる前に既に亡くなっていたが、その祖父がいつ亡くなったかというのも記述されていた。47歳という若さで亡くなったのには少しショック。僕が生まれる8年前。もう少しだけ元気でいてくれたらきっと会えたんだろうな。また祖父は「婿養子」ということもちらっと聞いたことはあったが、どこから来たのか、というのもわかって少し感慨深くなった。

祖母は僕が物心ついたときから田植えのしすぎで腰が曲がっていて、いつも前かがみで歩いていた。僕が大学入学のときに老衰で入院し、大学卒業の春に亡くなった。葬儀の時に挨拶した叔父さんの言葉が今でも印象的に残る。

「母は早くに父を亡くし、大変なこともあったけど、孫に恵まれたりいいことも沢山あった。人はみんな良いことと大変なことが半々づつあって、そして一生を終えるんだと思う。」

もしそれが本当だとすると、「若いうちの苦労は買ってでもしろ」という言葉は多分正しい。若いときに苦労して頑張ったことは必ず後の人生で生きてくる。何かの勉強をしていれば、その知識は生かされるだろうし、会社の人間関係などで苦労すれば、処世術が身につき色々なタイプの人たちとの接し方がわかる。どんな逆境に遭遇してもどのような心持で挑めばそこから立ち直れるか、ということがわかる。

自分の今までを振り返ると、やっぱり一番キツかったのは20代。大学を卒業して就職した会社では希望の職種につけず4年で退職し、渡米、留学。1年ぐらい英語学校に通ってから学部に進学。卒業して就職したのは30歳になる2週間ぐらい前だった。

今だから言えるが・・・日本で働いていたときからずっと、その時その時で思い悩んでいたことをいつもノートに書いていた。「仕事が嫌だ、辞めたい」・・・。留学してからは、「英語の点数が上がらない、学部にいけるんだろうか」・・・学部に入ってからは、「テストでまたうまくいかなかった。今度こそ落第か」「日本の友達が結婚していく中で、20代後半で仕事もしないで勉強ばっかりして一体何をやっているんだ」・・・ずっとノートに書いていた。そういうことを書いていくと、結構自分の考えがまとまって、「今のままじゃダメだ。なんとかしないと」とか「自分が決めたことだから諦めずに頑張るんだ」と自分に言い聞かせていた。

そんな20代を過ごしたから、30代、40代ではどんなに大変なことがあっても、結構「まぁなんとかなるかな」みたいな楽観的な気持ちでいられる。あまり楽観的になるのも良くないと思うけど、まぁ20代で頑張った分、少し余裕みたいなものがあるのかな、と思う。ちなみに、書いていたノートは結婚と同時に全て捨ててしまった。

まぁどうでもいいことだけど・・・家系図を見ながら、色々なことを考えてしまった・・・。

葬儀屋さんが見てきた人生

とあるサイトで、葬儀屋さんが見てきた人生と、そこから感じたことが掲載されていたので、ちょっと要約してみる。

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人は簡単に死にます。まだ若くてこれから、というときに死を言い渡されるときもあります。
闘病中の人を除いてほとんどの人が明日起きたら自分が死ぬことを考えて生きていません。

人生は本当にあっという間に過ぎていきます。
人生を幸せに生きるためには、恵まれた家族が必要です。
死ぬときにそばで一緒にいてくれる妻、もし妻が先立っているなら子供や孫。
死ぬときに看取ってくれる家族がいない人はあまり満足した人生を送ってないことがわかります。

結婚して、自分の子供が生まれ、成長する姿を見ることで人は幸せを感じ、自分が生きてきた過去、後悔している過去の本質を知ることができます。そして子供と一緒に成長することができます。

結婚しても、自分の趣味や希望をしっかり楽しみながら生活する努力をし、そして実現する人は日々の生活に満足感を得ることができます。

結婚とは、自分の人生の第2のスタートとして、新しい脱皮をすることです。
独身のまま何も変わらず、そのまま年老いていくことはあまり重要ではありません。
(後略)
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時間について

ちょうど1年前にやってたドラマ「仁~完結編」。あのドラマを見てから、「時間」について時々考えたりする。

ドラマでは、現代から幕末へタイムスリップした南方仁医師。色々なドラマがあった後に、また現代へ戻ってくる。そして、幕末での記憶をたどっていくうちに、当時の記録や写真などに巡りあう事に。しかし、肝心の自分のことについて、その記録には何も残っていなかった。

自分も同じように、過去のことについて色々と思い出す。30年前は小学校6年生、25年前は高校生、20年前は大学生・・・。受験勉強は大変だったな~、とか、同級生と旅行に行った、とか、色々な思い出がよみがえる。そういえば、15年前はちょうど渡米してきたばかり。本当に嫌だった4年間のサラリーマン生活を終えて、アメリカに来て・・・・英語学校に通って、「ちゃんと学部に入学できるんだろうか?」と迷って、焦って、心細かったときだ。もうそんなことも過去のことになったんだな。

でも、ふと思ったときに、「その過去って、本当に自分が体験してきたことなんだろうか?」と思ってしまうときがある。自分の記憶の中にだけ残っていることで、本当は違うんじゃないか?と思ってみたり。「自分は本当にアメリカの大学に入学して、卒業して・・・大学院も5年間も通って卒業した・・・んだろうか?」とさえ思ってしまう。

こういうことを思うと、「忘却は神が与えた最大の救いなり」と誰かが言っていた事はきっと正しいことなんだろうな、と思う。もし今、そしてこれから、大変なことがあったとしても、いつかそれはまた忘れてしまったりするんだろうな。

また他の誰かが「人は人生と言う名のタイムマシーンに乗って、何十年という時間をゆっくり旅をしている」ということも言っていた様な・・・。時間って本当に不思議だ。